ジョウフク マサノブ
Masanobu Joufuku
城福 雅伸 所属 経済情報学部 職種 教授 |
|
言語種別 | 日本語 |
発行・発表の年月 | 2022/09 |
形態種別 | 研究論文(学術雑誌) |
標題 | 『興福寺奏状』の謎 -表題と内容の乖離- |
執筆形態 | 単著 |
掲載誌名 | 印度仏教学研究 |
掲載区分 | 国内 |
巻・号・頁 | 72(2),596-603頁 |
総ページ数 | 8 |
概要 | 筆者は、法然・親鸞が国家権力から弾圧されながらも、耐え忍び雄々しく立ち上がり、布教し、その民衆性ある教学が広く民衆に支持され広まっていったという中世仏教史観の定説を全否定するものである。これは定説の代表的学者である平雅行氏との論争などでも明らかにしている。そこで本稿は改めて筆者が定説の否定をした根拠を挙げ、その定説の誤りが、第一に定説の学者が法相教学への無知から『興福寺奏状』を誤読していること、第二に文章を基礎的に誤読していることなど全部で五種を挙げた。さらに『興福寺奏状』の九箇条の標題名が内容を表現していないものがあることを明らかにし、この部分が本稿の核心部分である。この典型的なものが第八条と第九条であり、第八条は法然門下らの無戒破戒を問題視したと読める標題であるが、内容はそれと正反対で、末世の沙門は無戒破戒は承認されていると無戒破戒を認めている。第九条は法然浄土教には国家鎮護の要素がないので国家を危うくすると読めるが、内容は浄土教の広まりを歓迎しながら、排他性の強い浄土教が広まれば、国家権力と癒着した場合、浄土教以外の仏教が弾圧されてしまうと言う危惧を述べたもので、定説と正反対のものである。定説は内容を検討せず、標題のみをもって内容を類推し論文を書いてるものであり、研究の方法も説も根底から誤ったものであることを明らかにした。 |