コヤマ サトコ
Koyama Satoko
小山 聡子 所属 二松学舎大学 文学部 歴史文化学科 二松学舎大学大学院 文学研究科 国文学専攻 職種 教授 |
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言語種別 | 日本語 |
発行・発表の年月 | 2000/05 |
形態種別 | 研究論文(学術雑誌) |
査読 | 査読あり |
標題 | 「中世前期の青蓮院門跡における護法童子信仰の受容」 |
執筆形態 | 単著 |
掲載誌名 | 『日本宗教文化史研究』 |
掲載区分 | 国内 |
出版社・発行元 | 日本宗教文化史学会 |
巻・号・頁 | 第4巻(第1号),38-62頁 |
概要 | 本稿では、護法童子像の成立と展開について論述した。青蓮院では、三昧流という門流を相承している。青蓮院では、乙護法という名の護法童子を三昧流の守護神として位置づけ、青蓮院の象徴としていた。青蓮院では、葛川明王院の政治的支配を行なうときに、葛川の地に乙護法の図像を描いた参籠札を立てたのである。葛川の参籠札に描かれた護法童子の図像は、後に、版木として彫られ頒布されるようになる。
本稿では、室町時代になって流通する護法童子像がこの版木を元にして成立していることを明らかにした。現在、多くの護法童子像が不動明王の二童子の姿をしている理由は、青蓮院における不動信仰の影響があるのである。このように本稿では、室町時代以降になって天台宗以外の宗派に広まっていく護法童子像の原型が青蓮院のものであることや、青蓮院の護法童子像が広まっていった理由について指摘した。 |