イワタ ミエコ   Mieko Iwata
  岩田 三枝子
   所属   神学部 総合神学科
   職種   教授
言語種別 日本語
発行・発表の年月 2023/03/10
形態種別 研究論文(大学,研究機関等紀要)
査読 査読あり
標題 日本基督教婦人矯風会機関誌『婦人新報』にみる 錦織久良の廃娼論
執筆形態 単著
掲載誌名 『キリストと世界』
掲載区分国内
出版社・発行元 東京基督教大学
巻・号・頁 (33),37-69頁
総ページ数 33
概要 本稿では、大正期から戦時期にかけて、キリスト教の枠内だけではな く、全関西婦人連合会の政治・法律部委員長としてキリスト教の枠組 みを超えた一般の婦人運動の中でもキリスト者としての信仰を保持しつ つ、30 年以上にわたり中心的な役割を果たした錦織久良(1889[明治 22] –1949[昭和 24])を取り上げた。錦織は、佐渡出身のキリスト者歌人・文 筆家であり、女性運動家と呼ぶこともできる。錦織は長岡女子師範学校 を卒業後、キリスト教に入信した。教員を経て、共立女子神学校にて学び、 その後は錦織貞夫と結婚し、二人の男の子をもうけた。結婚後の錦織の 活動の中心地は、自宅のある大阪を基点とした関西であった。 錦織は生涯で 250 件以上の諸雑誌等への寄稿や著書を残しているが、 本稿では、活動初期である日本基督教婦人矯風会機関誌『婦人新報』へ の寄稿を考察することで、錦織のキリスト教信仰と女性運動への動機を 明らかにした。錦織は 40 代になってから全関西婦人連合会において中 心的な役割を担うようになるが、家庭における妻と夫の貞操観の不平等 への強い憤り、そこからキリスト教信仰に見出した救い、そして公娼全 廃への明確な使命感と確信があったことが明らかになった。またその公 娼制度全廃への執念とキリスト教信仰とが不可分のものとして捉えられ ていた。さらに、錦織が矯風会に出会った時期と、矯風会での公娼全廃 の機運の高まりの時期が重なったことも、錦織にとっての必要と矯風会 の必要とが一致したともいえる。ここに、錦織の後のキリスト教信仰の 文芸活動と、特に 40 代になってからの全関西婦人連合会における精力 的な活動の原点を見出すことができる。
researchmap用URL https://tcu.repo.nii.ac.jp/records/2554